銀兎文庫::novels1
これまでのどの夏とも違う夏。
夏が変わったのか、それとも、僕が?
何が僕を変えたんだろう。
何かが僕を、風に吹かれる雲のように押し流してしまう。
押し流されることは ―― 心地よささえ伴っていた ―― 。
boys of summer 空蝉の夏
午後の一番強い日差しを受けながら、アスファルトにゆらゆらと立ち上る陽炎を透かしながら歩いた。山を降りるに連れ気温が上昇していく。川の水で濡れた衣服は中途半端に生ぬるく、へばりつくような感触は少なからず僕達を辟易とさせる。
午前中の魔法が解けたように気だるい昼下がりの住宅街を通り抜けながら、肌の表面に残る水の薄い膜のような感触にため息をつく。僕の家にたどり着いた時には、全身はうっすらと汗ばんで、山の上での冷えた体が嘘のようだ。
「本当に、今日は、ごめんね、シンジ君…」
時計は持ってなかったけど、きっと今が一番暑い時間だと、額を滑る汗を意識しながら思っていた。でもそれは意識のほんの片隅のことで、むしろ僕は、向かい合ったカヲル君の瞳の色がいつもより暗い気がして、その顔から眼が離せなかった。そんな僕の態度に苦笑するように口元を歪めたその表情に、咄嗟に手がでていた。
「…帰る、の?」
考えるよりも先に出た手は、僕と同じくらいの手首を捕まえている。
「もう、帰っちゃうの? まだいいじゃない、ねぇ ―― 」
言葉が見つからない上に、声が掠れてる。喉が干上がりそうだ。
「のど、渇かない? なんか、冷たいもの、いらない?」
肌に張り付く衣服の心地悪さと、肌にくっついたような川の水の膜っぽい感触。それに重なろうとする汗の感触と、
このまま離れられない、という、叫びだしそうな、衝動。
「そうだ、お、お風呂、入らない? だって、ホラ、頭まで川の水に濡れちゃったし、だから、」
支離滅裂な言葉しか出てこない、どこかが真っ白になった僕の頭。
指先に、蘇る、柔らかさ。
「だから、」
唇に、触れた、カヲル君の指。
さっきの僕と反対に、カヲル君の自由な方の手の指が、僕の唇をなぞる。暑い。 ―― 熱い、。
背骨に沿って突きあげるような何かが、魔法の手の魔法の指に反応して、僕は、ささやかに指先を舐める。同時に、気温よりも熱い何かを意識していた。僕と、そして、カヲル君の、中に。
「帰らないで、よ」
熱い。何もかもが。
こんなの知らない、知らなかった。
僕はカヲル君となら何処へでも行ける気がする。
何でもできる気がする。
壁の白いタイルが昼間の光を反射して、見慣れた浴室が、普段夜に使う時とは違う、不可思議な空間に感じる。
蒼い床のタイルも、弾けた水しぶきにぼやけて、湯気の熱気が立ち上るもやの掛かったような空間は、まるで自分の知ってる場所ではない気がした。
彼が一緒にいるという、それだけで。
僕の日常はこんなにも簡単に、別のものに変わるのだ。
「服着たまま、お風呂?」
くすくすと笑いながら、向かい合わせに座り込んだカヲル君が、降り続ける暖かなシャワーの雨に濡れた前髪を透かして、楽しげな色を浮かべた瞳を眇めた。生乾きになっていたお互いの服が濡れて、体に張り付く感触は、今朝川に行く前の僕のせっぱ詰まったあの感じを導くようで、僕はもどかしいようないたたまれなさに、顔を俯せてしまう。
まだ帰って欲しくなくて…一緒にいたくて、こんな風にカヲル君を風呂場に引っ張ってきたけど、何も考えられずにシャワーの栓を捻って頭からお湯を被ると、なんだかとんでもない事をした気がして、張り付く服も、そんな僕の見境のなさを証明するもののように思える。
俯いた僕の顔に、カヲル君の手がかかり、引き上げられた僕の視界には、濡れて銀色に見えるカヲル君の前髪越しの赤い瞳と、張り付いた肌を透かした白いシャツのハレイションが飛び込んできて、僕は心臓が壊れるかと思うほどの鼓動の音を聞いた。
「僕が好き?」
掛けられた言葉に、僕は頷く。それ以外の答えなんて、僕にはないから。
「…好き、だよ ―― 」
途端にこぼれた嬉しそうな笑顔に、心臓の鼓動はさらに早送りされる。狭い空間に籠もった熱気と肌を伝って流れる湯の感触が、頭からあれこれ考える能力を全て綺麗サッパリ洗い流していて、それは僕の中の核心だけを残す役目を果たしてる。
「僕も、好きだよ、シンジ君」
カヲル君の手がシャンプーのボトルを取るのをぼんやりと眺める。手のひらに出して泡立てると、カヲル君はその泡を僕の頭にこすりつけた。
「眼に入ると痛いよ、閉じてて?」
いたずらっぽい口調に僕は新しい遊びが始まったことを知る。眼を閉じてカヲル君のすることに身を任せると、髪の毛の間を滑る魔法の指のくすぐったさに、僕も時折堪えきれずに笑いを漏らしてしまう。眼を閉じていると、シャワーのお湯に泡が首筋を流れる感触がやけにはっきり感じられた。その感触が一定の場所に来ると急にとぎれるのは、きっと服を着たままだからなんだろう。
「もういいかな? お湯で流してね」
聞こえた声に頷いてみせると、僕は泡を流そうと頭に手をやって、髪の毛をかきまわした。腕を伝う泡と湯の感触、爽やかなシャンプーの匂い。
あれ…?
ところが、流しても流しても途切れない泡に、僕はさらに一生懸命手を動かした。眼を閉じてやってるからきちんと濯げないのかなと思いはするものの、いつもならとっくに濯げてる気がする。何だか変だ。そう思った時、とうとう笑い出したカヲル君の声に、僕はやっと事態を呑み込んだ。
「カヲル君〜〜〜!? もう、何してるの!?」
「あははは、だってシンジ君たら、全然気がつかないんだもん!」
僕が泡を流すそばから、カヲル君がシャンプーを垂らしていたらしく、泡が切れないのは当然だ。闇雲に振り回した手にカヲル君の手が当たる。眼を閉じたままボトルを取り上げようとして、僕は必死にもがいた。
「ダメだよ、ほら、こぼれる!!」
けらけらと笑いながら言葉と一致しない行動してるのはカヲル君のクセして ―― 僕はボトルを奪おうと、泡で滑る手で応戦したけど、ちっとも効果がない。シャンプーの泡まみれで眼を開けられない僕は圧倒的に不利だ。
「も〜〜〜、!!」
悔しくなった僕は、見えない僕でもできる最大限の抵抗をしてやるべく、いきなりカヲル君に抱きついてやった。
「うわっ、シンジ君!?」
泡まみれの僕に抱きつかれたら、カヲル君だって同じに泡まみれにできると思って、滅茶苦茶に頭や手をカヲル君にすりつける。濡れたシャツの表面で泡が立っていくのが頬に触れる感触で判る。
「判った、降参! 降参するから!」
勢い余って滑りそうになったカヲル君が、笑いながらそう叫ぶのを聞いて、僕はニンマリと笑う。
「判ればいいんだよーだ!」
カヲル君を押さえ込んだまま勝利宣言をすると、降り注ぐシャワーの湯で顔を洗う。何度も顔を擦ってぬめりを感じなくなって、やっと眼を開けることができた。
「シンジく〜〜ん、降参するから、もう起こしてよ?」
僕が体に乗り上げたままなので、カヲル君が下から手を掴んで引っ張った。カヲル君を見下ろすと、僕は自分達の恰好にぎょっとした。濡れて張り付いたシャツが薄くカヲル君の肌を透かして、僕のなすりつけた泡が ―― 騒いで上気した頬の色に、
「ご、ごめん!!」
慌てて飛び退くように離れると、カヲル君は不思議そうに首を傾げる。
「どうかした?」
自由になった体を起こしたカヲル君は、背中を向けた僕の肩に手をかけた。
「 ―― やっ!」
びくんと竦んだ体に、自分でも何が何だかよく判らない。
「シンジ君?」
後ろから覗きこむ様にしてきたカヲル君の濡れた髪から落ちる水滴が、僕の首筋に落ちるのを感じて、眼の前が真っ赤になった気がした。これ何、何がどうなったんだ、僕の体、凄く変だ ――
僕の様子を案じて回り込もうとしたカヲル君の手が、僕の腿に置かれたとき、僕は、まるで電気に感電したみたいに体が跳ねるのを止めることができなかった。そして、そんな僕の体に訪れた変化は僕の知らないもので、まるで思い通りにならない体は変な病気になったみたいで、僕を混乱させる。
「んっ、」
急にトイレに行きたいような変な感じがして、慌てて僕は立ち上がろうとしたけど、力が入りきらない上に、焦ってしまってるせいか床に溢れる泡で滑って上手く立てない。
「シンジ君、」
「やっ、僕、ト…トイレっ!」
ところが。じたばたと慌てる僕を、何で!?カヲル君が押さえつける。
急を訴える僕に、カヲル君は聞き入れてくれなくて、腕を放してくれなかった。しかも、ただ放してくれないだけでなく、その顔がニンマリしてる。酷いよ、こんな時に仕返ししようっていうの!?
「放してよ〜〜!!」
僕はくすくすと笑うカヲル君の意地悪さに半泣きになりながら、緊急事態に焦りまくる。も〜〜〜、放してくれないと我慢できなくなっちゃうだろ、そしたらトンデモナイことになっちゃうじゃないかぁ!
「カヲル君の意地悪っ! 放してったらぁぁ!!」
「違うよ、シンジ君、これはね ―― 」
「ひゃっ…!?」
次の瞬間、僕は、信じられない出来事に抵抗するのも忘れてしまった。カヲル君は、にやっと笑うと、僕の足の間に手を伸ばして、僕の濡れたズボンの前を触ってきたんだ。あまりに突飛なカヲル君の行動。
「カ、カヲ…!」
触れられた部分が酷く熱くて、僕は動けなくなる。何するの!?
「いーからいーから♪」
ぺろっと舌が薄い唇を舐めるのを見て、僕は訳もなく背筋がぞくりとする。始めて抱いた思いに、僕は竦んでしまった。カヲル君が怖い。怖い…?
「 ―― !」
濡れたズボンのボタンを外してファスナーを強引に降ろされ、ますます頭が真っ白になる。カヲル君の白い手が、後ろから強引に下着ごと僕のズボンをずらしてしまうと、そこは僕の見たことのないカタチになっていた。嘘!僕って何か病気になったの?
「な、何…? こんなの知らないよ、僕、どうしたの?」
くすっと鼻を鳴らすように笑うと、カヲル君の手が、普段と違う僕に絡みついた。
「いやっ、な、何 ―― !?」
ぞくっと、悪寒にも似た電流が、僕を打ちのめした。
「ひぁ…っ、っあ、」
絡んだ指はシャンプーのぬめりでぬるっとしていて、僕の上でゆっくり行き来する度に、僕の意志を置き去りに、勝手に変な声が出てしまう。熱いうねりが、カヲル君に捕まれたそこから手足や頭に向かって何度も駆け抜けていく。これはね、 ―― 耳の側で囁くカヲル君の声に、反射的にぎゅっとカヲル君のシャツを掴んだ。
「これはね、シンジ君が、大人になったってことだよ?」
くちゅっ、くちゅっと、自分の恥ずかしいところから、恥ずかしくてたまんない音がする。恥ずかしさの余り、顔が火で炙られてるみたいに熱い。でも、もっと熱いのは、カヲル君に触れられている僕自身で、全然力が入らない下半身が時々びくびくと痙攣する。死にたいほど恥ずかしいのに、僕の体は僕の意志を受け入れるどころか、体中が感覚の固まりみたいになってしまい、もうカヲル君のすることを止められるような状態ではなかった。口からはずっと勝手に変な声が出るし、勝手に体がのけぞる。僕はどうしちゃったんだろう? ―― 濡れた音が響く度に、僕の体は僕の心を置き去りにしてどんどん変になっていく。
「大丈夫、これは当たり前のことだよ…シンジ君だって聞いたことあるだろ? 大人になったら、赤ちゃんの素になるのが、」
「は、あ!…やっ、あ!あああ!!!やだぁ!!!」
「ここから出るようになるってさ…?」
器用な指先に先端の孔を弄られて、僕はたまらなくて身悶えた。死んじゃいそうに恥ずかしい。なのに、僕の体はカヲル君の手をとっくに受け入れていた。指の動きにつれて足が何度もつっぱる。ぞくぞくと駆け抜ける、僕を呑み込んでしまいそうな、僕を壊しそうなこの感覚は何?
「ほら、見てごらんよ、シンジ君?」
あ…、見るって?…何、を?
カヲル君の片方の手が、僕の首の下に回って半身を起こされる。
「シンジ君の、大きくなってる」
くすくすと楽しそうに笑うカヲル君の白い手の中で、泡まみれになって立ち上がってるのは、僕の…。僕の。
これ、これが、僕の…?
何が何だか、もう頭がついていかない。大人?…赤ちゃんの素?
「自分で触って?」
真っ白な頭にカヲル君の声だけが響く。導かれた僕の指が触れたそこはいつもトイレに行くときとは全然違って固くなっていて、少しの刺激が全身に伝わるくらいに敏感で ――
「ん、んん…っ、」
僕の手を覆うように、カヲル君の手が被さる。僕の手ごとカヲル君の手が動く度に、ぞくぞくとした冷たい熱が手足の先まで駆け抜けて、僕はバカになってしまった頭でその感覚に身を任せた。
「んぁ…、っ、はぁっ! ―― やっ、あ・あぅ」
体の真芯に真夏の太陽のような熱を感じ、魔法の手に導かれるままに、僕は感覚を追いかけた。手や指を動かす度に、僕を抱き込むようにしているカヲル君の胸に預けていた上体が、追いつめられて行き場のない陸に上がった魚のように反り返る。
「いいよ、そのまま、…ほら、もっとしてみて?」
カヲル君の声が、僕の体を炙り出す。耳から入った声が、僕の中で電流を生み出す。熱くてもどかしくてたまらない、こすり立てるそこに集まった熱が、僕の中で暴れ出す。止まらない。どんどん加速して、僕は自分の中に自分以上に大きなものを育ててしまったことに震えながら、なお止められない衝動に怯えた。怖い…コワイ? ――
違う。
キモチイイ ――
「ああ…う!!」
自分のものじゃない指が、じゃれつくように腿を撫でる。手の中の固くなった僕自身にまで響いてきて、思わず手に力が入り、その力に自分自身で追いつめられる。強すぎる感覚に思わず放しかけた手に、あの時と ―― 蝉の時と同じように、手が重なる。自分のじゃない手に触られてるという事実が僕をあっけなく追いつめた。
「うぁっ!!やあっ!!! ―― やっ、や…だぁ…、変だよぉ…僕、変だよぉ!」
自分の体にコントロールできない力が埋め込まれたみたいに、僕は泣き喚いた。自分の意志ではないような自分の手の動き。止められない衝動。苦痛に似た気持ちよさが、僕を壊す。
「ぁああっ…!!!」
かをるくんっ!!
どくん、と、僕の中の大きな何かが破裂する。熱の中心から外へ弾けた。
体が何倍もの重さになったように感じる。脱力した体も重い腕も、何もかも、動かすのが億劫でたまらなかった。せわしなく上がった息。降り続けるシャワーの水音。シャンプーの匂いに混じって届いてくる、蒼草の様な独得の臭い。くらくらする頭を支え切れなくて、かくっと頭が後ろにのけぞる。ぴちゃっと濡れた音がして、濡れた髪と濡れた何かが当たる。振ってくるシャワーの雨から僕を庇うように顔の前にかざされた手。ようやく、自分が後ろからカヲル君に抱きかかえられているのに気がついた。
「大丈夫…シンジ君…?」
僕はまた顔から火が出るような思いに襲われる。きっと僕の顔は熟れたトマトより赤くなってるに違いない。なのに、カヲル君は何でもないことのように笑いながら、僕を支えていて。当然の様な口調で話しかけてきたりするから、逆に僕は焦ってしまう。
「だっ、だいじょ…ぶ…」
辛うじてそう答えたものの、実際には頭に血が上ってる。立ち込める湯気でのぼせそうだ。
「ちゃんとできたね…もう大人だよ、シンジ君も」
できたって…?
「ほら、これ ―― 」
耳元に意味深に囁かれて、示された手には、僕が吐き出した、白いものが。呆然とする脳裏に、さっきまでの僕の醜態が蘇る。カヲル君の手についてるこれは ―― これって、つまり ――
大人のしるし。
僕の。
「ずいぶんたくさん出たね…そんなに気持ち良かった?」
くすくすと笑う声。
「ねぇ、シンジ君は ―― 」
白い指からシャワーに流されて滴り落ちる白濁。
「イク時、誰か」
密着した背中。耳に注ぎ込まれる言葉。
「呼ばなかった…?」
ぎゅっ、と眼を瞑る。
「呼んだよね…?」
抱え込まれた身体には、まだ破裂しそうな衝動が残っていて。
「教えてよ、誰を呼んだのか」
すぐにもまた熱を孕みそうで。
「誰だい?」
それは…
「ねぇ、」
それは ――
抱え込まれた身体を無理に捻ってしがみつき、そのまま勢いで床に崩れる。何をどうしたいなんて判らない。これが何なのかも判らない。けど…
僕の中には、
カヲル君、
カヲル君 ――
「かをるくん」
これは新しい僕らの遊び。
僕の答えは正解?
カヲル君の顔が、とても嬉しそうに笑う。
「僕が好き?」
うん。
僕の中には君しかいない。
君しかいらない。
その瞬間、頭に浮かんでいたのは、
川で溺れた僕をなだめてくれた時の彼。
指先に触れた舌。
僕の下で濡れて透けるシャツ。
絡みついた指、かかる息も、触れる肌も。
「スキダヨ、シンジ君」
■■■
僕達は、新しい遊びを覚えてから、あまり外に出なくなった。カヲル君が来ると、僕はその遊びをしたかったし、カヲル君は、そんな僕にくすくす笑いながら、一緒に遊んでくれた。それほどに、その新しい遊びは僕にとって刺激的で、そして、何よりも安心するものになっていたから。
「あっ、っ、…、んん・ん…」
カヲル君の指は、簡単に僕を熱くする。
服はとうに床に散らばって、僕らは僕のベッドで抱き合っている。お互いの手でお互いの下肢を刺激しあうと、とても気持ちがいい。こうなって1週間もしないうちに、カヲル君の指に導き出される快感は、僕にとってとうに当たり前のことになっていた。
カヲル君のものに僕も指を絡ませて、堅くなっていく感触を確かめる。僕がカヲル君を気持ちよくさせていると思うと嬉しかった。
「シンジ君…」
頬を唇が辿りながら、僕の名前を囁く。
そのまま滑るようにさまよって、そして、僕の唇に触れた。
触れるだけのそれがどんな味なのか知りたくて、僕は舌先でその唇に触れてみた。カヲル君の舌が、僕の舌に触れてきて、その熱く柔らかい感触が、僕をさらに熱くする。
くちゅ、と、僕の舌を辿りながら、カヲル君の舌が滑り込んできた。
「ふ…、ぅ」
鼻を鳴らしてそれを深く受け入れる。気持ちいい。どんなことも、何もかも、カヲル君とする事はとても気持ち良くて、僕はその快感に逆らうことなど思いもせず、むしろ自分から求めていた。入ってきた舌を自分の舌で絡めると、濡れた音が頭の中に直接響いて、僕を蕩かす。びく、と下肢が痙攣して、僕は白い液体を放っていた。受け止めたカヲル君の手が、それを僕の腿に擦り付けるのを感じる。息苦しくなって唇を放す。
いつも僕が先にイッてしまうことを、僕は少し寂しく思っていた。再び中心に触れてきた指に、僕は咄嗟に自分の指を絡める。
「どうしたの ―― ?」
うっとりと上気した顔のカヲル君が、囁くように問い掛けてくる。
「だって、僕ばっかり ―― 」
我慢のきかない僕を、いつも何度も高めてくれるカヲル君。けれど、僕はそれには応えていないと思えてならない。
「どうして…? ―― 僕は、シンジ君がキモチイイって思ってくれたら嬉しいだけだよ…」
絡んだ指を濡れた指先が辿り、愛撫するようになぞる。その感触に流されかけながら、僕は何とか言葉をつなぐ。
「やだ、そんなの…僕だってカヲル君を、気持ち良くしたいもん…」
裸の胸をすり寄せて、さっきの方法 ―― 舌を使うあれ ―― を自分からしてみる。されるのも、するのも、たまらなく気持ちいい。
「一緒がいい」
離れた唇の間に、細く透明な唾液が糸のように引かれ、切れる。
僕の言葉に、カヲル君は嬉しそうに笑った。その笑顔に、僕はまた自分の中に新しい熱が生まれたことを知る。カヲル君の唇を光らせる唾液を舐め取ると、そのまま猫か何かのように、舌であちこちを探ってみる。クスクスと笑いながら、僕のすることを受け入れている白い肌。あまり日焼けしないといっていたけど、ごく薄くタンクトップシャツの跡がついている。
「ん…、」
薄赤い乳首に舌で触れてみると、カヲル君の声の調子が変わる。ぴく、と肩が揺れて、しなやかな腕が僕の頭を抱きかかえた。
「ここ、気持ちいい?」
舌でなぞりながら合間に聞いてみると、潤んだ赤い瞳が陶然と眇められる。次第に僕は大胆になって、舌をもっと下の方に向って彷徨わせた。窪んだお臍のあたりで、カヲル君がくすぐった気に身を捩り、笑い声を漏らす。悪戯っけを出した僕は、そのくぼみに舌先を忍び込ませた。
「アッ…!」
きゅっと白い身体が撓み、髪に差し入れられていた指に少し緊張が走る。
気を良くした僕は、さらに下へと滑りおり、ふと、それに気がついた。堅くなりかけたカヲル君のものに触れてみる。僕の意図を察したカヲル君が半身を起こして来る。
「シンジ君、」
僕が顔をあげるとするりと位置を入れ替えられた。一緒がいいといった僕の気持ちに一番近い形に、まるで動物みたいに互いに相手のそれを舐めあって、僕らは同時にイケるようにタイミングを合わせる。
「カヲルく…僕、もう ―― 」
熱い舌で高められ、僕は最後が近いことを告げる。
「ん…、僕も…いいよ…」
僕らの間の新しい遊びは、同時に僕達だけの秘密だ。
その事にすらゾクゾクとした快感があった。
■■■
過ぎる日々の中、僕達の秘密は僕達を強く結び付け、僕はもう、カヲル君さえ居てくれれば、他の何もいらないほどに満たされていた。室内だけでなく、時折僕らの秘密の遊びは屋外にも飛び火した。久しぶりに遊びに出た森の中で、触れあった手は容易く愛撫をつくり出し、互いの指に馴染んだ体はすぐに熱を育て上げる。
10日も経つと、既に触れあわない日はなかった。朝から夕方まで眠りと抱擁を交互に交わすことも、何度達しても飽き足りずに求めあうことも、既に僕達にとって相手の体は自分の一部になったように。
カヲル君が笑っていた。
白い手が、ふざけるように僕を引き寄せる。
煌めく赤い瞳、いたずらを唆すように口元でにやっと笑うと、耳打ちしてきた。
カヲル君の匂いがした。
何といわれたのか、僕は、カヲル君の匂いに意識を持って行かれていて聞き取れない。
間近にある赤い眼が、僕の視線と出会うとゆったりと細められる。
『 ―― だよ、シンジ君…』
眼が覚めたとき、まだ外は昏く、夜明け前だった。
人気のない家の、静寂の音が僕を取り囲んでいる。時折、思い出したように蝉の鳴き声が聞こえる。
ベッドで半身を起こした僕は、暗がりの中でぼんやりと醒めきらない頭のまま、薄いカーテンが床に作る模様を眺めていた。青白い月の光が、時々雲に遮られるのか、床の模様はゆうるりと揺れながら、濃くなったり、薄くなったりをくり返している。
タオルケットを抱き締めるようにベッドに横になって、夢うつつのまま、再び眠りに引き込まれながら僕は思った。
永遠に僕らの夏が終わらなければいいのに、と。
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