Please, please, please, Don't let you go. 『 空 』

Written by 在原蝙蝠.



一体彼の、何が愚かだったというのだろう。

『 ぼくが生きれば世界は消える 』

ぼくが伯父さんの家で、
なにもないひびをただそこにいるだけで費やしていた時間の中で、
何度きかされて彼は育ったんだろう。

『 ぼくがいきればせかいはきえる 』

『 彼 』というものを、
厭い、もてあまし、
時間に倦んでも、
それでも壊れずに迎えのこない飛行機を見送った、

一体彼のどこが愚かだったというのだろう?

ぼくがなにもわからずに暮らしていたネルフ、
第参新東京市、このせかい。

きみはもう『 あきらめて 』いたのだろうか?

「 ………そう思わないかい? 」

なにが?
なにを?

「 うたは… 」

自分が楽器を弾いたことなんて、
彼に逢うまで忘れていたよ。

理由なんてなかった。
ただ誰もやめろって云わなかった。

ぼくには、なんにも、

「 結構いけるじゃない 」

………そういえば誰も、
ききてがいるから楽曲をつくるのだっけ。

あのとき、なんて久しぶりに楽器を弾いたのだろう。
なんて久しぶりに、拍手なんてもらったのだろう。

うれしかった。
いま思えば、あれはアスカにとって最上級の賛辞だった。

楽器を奏でる喜び以上のもの、
バッハもベートーベンもブラームスも、
音楽という、質量のない空間の中に、
あらゆる物が共存しえる、
人を超えたなにごとかのちからを、
ただひたすらに信じていたのではなかっただろうか。

質量のない空間の中に、
自分と、楽曲と、ききてと、
その隙間をうるおし、
次の次元へ這入って行ける感覚を知っていたから、
音楽をつくるのではなかっただろうか。

「 あんたにこんな特技があったなんて 」

拍手なんてただの動作だ、
どうってことない音の羅列だ。

でもぼくの音が誰かに届いたという証明だから、
嬉しかったんじゃないだろうか?

「 うたはいいね 」

それを思い出させて呉れた、
きみは『 あきらめて 』なんていなかった。

使命や枷がそのほそい身体をいくら苛んでも、
きみにとってやはり生はかけがえのないものだった。


君は愚かなんかじゃなかった。


手渡されたカードを、ぼくなんかの為に全部渡して、
やさしくやさしくわらってくれた。


「いきのこるなら、彼の方だったんだ」


なにげなくもらした言葉だった。
でも部屋に帰ってもう一度呟いたら、
目の前がまっしろになってあたまががんがんいたみはじめた。


『 ぼくがいきればせかいはきえる 』


ぼくにとってはそんなことどうでもよかったんだ。
世界がどうとか、命令がどうとか、

…………あのとき涙をこらえながら、
たったひとつ繰り返したのは彼の名だった。

ながいながい沈黙、
きみはひょっとしてそれをしってわらっていてくれたのかもしれない。


『 ぼくがいきればせかいはきえる 』


あのときぼくがそうだったように、
彼にとってもそんなことはどうでもよかった。


『 ぼくがいきればきみはしぬ 』


十五年間教えこまれた言葉の意味が、
ぼくの所為でそう変わってしまったので、
かれはぼくの手の中でほほえんでいたのだ。

「いきのこるなら、かれの、」

使徒のことを、エヴァのことを、
誰も教えては呉れなかったけれどとっくにわかっていたのかもしれない。


『 ぼくがいきればきみは死ぬ 』


ぼくらは同じ立場にいたのに。
ただ互いを失いたくなかったのに。

「……………カヲルくん」

よるもひるもあかりをけして、
ゆかにころがり、電灯のひもをゆびさきでもてあそび、

「カヲルくん」

後悔ともすこし違った。
ぼくがいきれば彼は死に、
ぼくらが同じ時間を過ごすことができないのだとすれば、

一体ほかの誰に、彼の『 生 』を手渡すことができるだろう?


だれにもわたさないよ。



きみが、すき、だから。


「…………………カヲルくん」


きみをおろかというなら、
それはただぼくなんかのためにきみを賭してしまったことだけ。


「すきだよ」


きみが愚かだなんて誰にも云わせない。
きみをどこにも、行かせたくない。

ほんとうは、いまぼくらがエヴァに乗ることがなんなのか、
補完ってなんなのか世界ってなんなのか、

わかっていた訳ではないのだとおもう。


ただきみをどこにも、行かせたくない。


綾波も、アスカも、そうだったのだと思う。


ぼくにとっては『 きみ 』がカヲル君だったということ。


エヴァの中、
からだを一寸刻みにされるような苦痛のなかで、
そんなことをかんがえていた。


彼がいたときのこと、
彼がいなかったときのこと、



………はじめて四人で会った日のこと。



確か彼と会って三ヶ月くらい経っていたと思う。

ぼくは綾波の顔をまっすぐにみることができたし、
アスカの顔にも血色が戻ってた。

「四人とも合意書を提出したようだけど、
かまわないのね?」

「はい」

「ったりまえでしょ」

「…ぼくも」

「…………」

ぼくら三人は、
アンチ・ATフィールドとかいうものについて説明を受けていて、
カヲル君はぼくの横で画面を眺めていた。

一度しか使えないものだからテストすることはできないらしくて、
ATフィールドが逆転したものだとか、
理論値がどうとか、
一週間はレクチュアを受けろと云われてぼくらはげんなりしていた。

そしたら急にアスカからメールが入って、

「優男、ゲームやるんでしょ?」

っていう。
ぼくがおどろいてるとカヲル君は平気でキーボードを叩いて、

「やるよ。こんど勝負しようか?」

なんて火に油を注ぐようなことを、

「なんかエヴァのシンクロ率はなんども試せないみたいだし、
こんどFメガやらない?」

「いいね、レースものにはぼくも自信があるよ」

とかなんとか、
あかくなったり青くなったりしたものだから、
結局ぼくだけ怒られた。

帰りにそれを愚痴ったら、
綾波が

「じゃあ碇君、私とビデオでも見ない?」

ぼくはゲームがあまり強くないからそれについていこうとしたのに、
二人は襟首ひっつかんで、綾波とぼくを対戦につきあわせた。

綾波はまるで環境ビデオでもみてるような表情で、
景色が嵐みたいに入れ替わる、3Dのゲーム画面を見ていたけれど、
ぼくはふたりの無言の競り合いにくらくらしていた。

結局レクチュアの一週間、
二人はまいにちまいにちまいにちまいにちゲームをやりつづけ、
ふたりとも二勝二敗三分だったので、

久々にプラグをきてエヴァに乗って、
ひとりだけ私服のカヲル君に、

「次は絶対負けないわよ!」

廊下の向こう側から、最後に叫んだのは紅いプラグ姿だった。


■◆■


「……………」

覚えているのはあおいそらとあかい血。

両手を広げてそらに在る、
彼の髪は踵を過ぎ、
ぼくはそれを羽根のようだと思った。
ぼくのしっているいつよりもなによりも綺麗だとおもった。


覚えているのはあおいそらとあかい血。


「……………………」


気がつくとぼくは知らない場所で、
知っていたような日々を送っていた。


無口な父さん、優しい母さん、
近所でひとり暮しをしている綾波、
シングル・マザーのお母さんと住んでるアスカ、
社会科のミサト先生、保険医のリツコ先生、
クラスメイトのトウジ、ケンスケ、委員長、


ただだれもなにもいわないだけで、
だれも、なにもかもを知っていた。


ぼくらは時々一緒に帰り、
時々互いの家に泊まってあそんだ。

ゲームをしたり、ビデオをみたり、楽器を弾いたり。


そして不意の沈黙がおとずれるとそらを見上げた。


「……………」


「……………」


「……………」


青いそらと赤い血。


■◆■


季節を取り戻した世界が夏を終え、
ひくくなったひざしがぼくの机に斜めに線をひく。

ホームルームの議題は文化祭の出し物になり、
ミサト先生がフィーリング・カップルなんて提案して、
教室がわく。

「でもクラスとして、なにか発表するものがあったほうがいいとおもいます」

「じゃあ艦隊模型の展示ってどうかな?」

「場所取るやろおまえはー」

「場所を取らない出し物?
体育館で劇でもやる?」

「それもええなあ、白雪姫とか、
ロミオとジュリエットとか、ロマンスやロマンス!」

「劇は練習が大変よ。
鈴原毎日残るの?」

「……………」

「ぶっつけ漫才でもやろうか?」

ぼくはうつむいてわらって、
ちょっと視線を走らせた。

「……………」


二人も晴れ渡ったそらを見ている。

とおくあおいそらを、


「みんなさあ、もりあがってるとこ悪いけど、
つづきは放課後にしてさ、
そろそろ授業にはいるわよー」

「えー、そらないでー」

「鈴原くーん、期末テストはばっちし追試あるのよーん」

「ひいいいい!!!」

最前にさせられたトウジとの、いつものやりとりにどっと教室が沸き、
委員長が号令をかけようとする。

「あ、そうだ、
授業の前に転校生がいるんだったわ。
美形よ美形っ、みんな喜べ!!」

「おおおおっ、ほんまかいな」

「ちょっと鈴原!しずかにしなさいよ!!」

「まあ、マドンナの存在というのはクラスの活気に繋がるものだから」

「マドンナねー…
まあいっか!入ってー」

「…………」

「渚、カヲルくんよ。
みんなよりひとつ年上なんだけどね、
外国暮らしがながかったからって一年遅らせるなんて、
美形なだけじゃなくって謙虚なんだからっ」

「………せんせ、なにはしっとんねん」

「家はえーっと、
レイと同じマンションね?
趣味は…
楽器とゲーム?」


「マドンナで通ると思うんだけどな…」


「あー、じゃあ発表は渚君たちに合奏任せて、
うちのクラスはフィーリング・カップルってのはどうかしらねー」

「先生!授業に入るんじゃなかったんですか?」

「あーははははは、
ごめんごめん、じゃあ渚君適当なとこに座ってねー、
じゃあ136ページから…だっけ?」

「そこは先週やりましたよ……」



「…………」



彼はまっすぐにぼくへあるいてくる。

白い開襟シャツ、

オレンジのTシャツ、

少し長めの髪、

ぼくを見詰めている赤い瞳、



首筋の薄い痕。



「…………」



ぼくの正面へ立ち、彼は口を開く。

「はじめまして。
よろしくね、碇くん」

ぼくは傷痕を見詰めながらほほえむ。

「………シンジで、いいよ。
カヲル、くん」










SEE you born AGAIN…

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当時のpostscript

タカノよりのコメント

今日という今日は、もう本当に駆逐されてしまった私…(*T▽T*)
この二人のイロッポさはどうでしょう!! シンジもカヲルも、なんて素晴らしいの〜〜!!
ひー、俺はもういつ筆を折ってもいい(<たいしたモノも書けんが(笑))っす、マヂで…(くらくらぁ〜〜ばったり)

在原先生、本当に本当にありがとうございます!!!o(>▽<)/~~

なお、在原先生のコメントは、連載終了時にお届けします〜(^^)/