Please, please, please, Don't let you go. 『 空 』

Written by 在原蝙蝠.



「シンジ、くん、いい?」

英語の問題集をといていると、
インターフォンからミサトさんのこえがした。

「はい、どうぞ?」

ぼくはペンを置いて、解錠のキーを押す。

めずらしいな、ミサトさんがぼくを尋ねてくるなんて、はじめてだ。
検査とかで顔を合わせることは何度かあったのだけれど、
ぼくが行くばかりだったし、
リツコさんとちがって目を合わせては呉れなかった。

一緒に暮らしていたし、
…………触れてこようとしない態度はありがたかった。

二人きりになってもなにを話せばいいのか判らない。
ただいつものようにぼくはぼくを後悔して…

「久しぶり、ね」

はじめはそうだった。
今は違う。

最近は検査のあとに、モニタールームで世間話をしていくことが多くなった。

リツコさんとか、伊吹さんとか、日向さんなんかと、
検査の内容にはどちらからともなく触れず、
だれかしらの持ってきたお茶菓子がいつもそこにはあった。

でもそんなときにもミサトさんは、
そうっと部屋を出ていったりする。

謝らなければならないのはぼくのほうなのに。

そう、カヲル君に云ったら、

『 それは返って気をつかわせてしまうよ 』

って。



だからただ、ほほえんで椅子をすすめた。

ミサトさんはいつもの制服姿で、
ちょっと躊躇ってから腰を下ろした。

「勉強?」

「ええ。学校はじまったら、ついていけなくなっちゃうかなって」

「そう、……そうね」

「ミサトさんは、今日はオフなんですか?」

「いえ、そうじゃないのよ。
……ちょっと、これから行く所があるんだけれど」

「最近休み、ないんですね」

「なかなかねー、
でもリツコなんかのほうがよっぽど大変みたい。
労働基準法違反じゃないって、よく……」

「?」

「……シンジ君」

「はい」

「あのね、アスカの意識が戻ったそうなの」

「アスカの?」

ぼくは声をあげた。
でも何故だろう、
そのこえはふしぎとうわずってはいない。おおきくもない。
………まるであたりまえのように、

「それで、……知らせておこうと思って」

「ひょっとして、今日、これから会います?」

「ええ、そのつもりだけれど…」

「ぼくも、行って構わないでしょうか」

「………会う、て、アスカに?」

「あの、まだ容態とか…?」

「いえあの、……あたしが行くことは伝えてあるから、
一緒に来る?
アスカに、きいてみるから…」

「ありがとうございます」

ミサトさんは、入ってきたときよりもずっと、
動揺をかくさずにぼくの先を歩いていく。

ぼくはすこしだけ鼓動をあげて、
けれどのぼってくるほほえみを隠すことができないでそのあとについていく。


■◆■


「…………ミサト」

「アスカ……
具合、どう?」

「……平気よ、私は平気」

「…………そう……
なにか、ほしいものとか、ある?」

「…………………ゆめをみていたの」

「………ゆめ?」

「とてもながいゆめよ。
私、どのくらいねむっていた?」

「………………二ヶ月ってとこかしら」

「そう。
…………大したことないのね。
とてもながいゆめだったのに」

「…………」

「ねえ、ミサト」

「なに?」

「いろんなひとが出てきた夢だったわ。
ミサトも、ファーストも、ドアの外にいる馬鹿シンジも」

「……」

「……ママも、加持さんもでてきた」

「………」

「ミサト」

「…………」

「でもママも加持さんも、ここにはいない」

「…………そうね」

「…とてもたいせつなひと。
やさしくしてくれたひとだった」

「……………」

「もうあのひとはいなくて、
けれど私は生きている」

「……………」

「大切なヒトを失っても生きているのは、
生きなくちゃならないのは、
あのひかりがこころに在りつづけるからなのね」

「…………」

「あたしのなかに、
………だれのなかにも」

「………アスカ…?」

「…………なんでもないわ。
あのひとを思い出してわらったりないたりできるのも、
あたしが生きているからなんだから」

「…………」

「なんでもないの。
……なんでもないのよ」

「…………」

「…………」

「……………」

「……馬鹿シンジがあたしにあいたいんですって?」

「ええ、……ドアの外で、待ってるわ」

「リツコからすこしきいてるわ。
ちょっとはましになったって」

「そうね、……彼は、」

「フィフス・チルドレン…」

「…………」

「きいてるわよ。
渚カヲル。
あたしの弐号機に乗ったんでしょ?」

「ええ、でもあれは…」

「いいのよ。
……あーああ、さっさと退院したーい!!
そしたらあんな優男に負けやしないんだから!
大体シンジなんかにあたしの弐号機倒されるなんて、たかがしれてるわよ」

「………ぷ」

「なによっ」

「なんでもないわよ。ただ久しぶりだなー、とか…」

「とか?」

「……優男って、シンジくんには云わない方がいいかもねー」

「いっくらでも云ってやるわよっ。
はやく現物を拝みたいもんだわ!
そいつまーだドッグ入りなの?」

「………ええ、でもそんなに長くはかからないとおもうわ」


■◆■


「アスカ!」

しばらくしてミサトさんが出てきて、
その表情が笑顔だったからぼくは安心した。
だから大声で病室に入ると、

「うるっさいわね、きこえてるわよ」

あおいろのめが笑ってぼくをにらんだ。

「よかった、………あ、ごめんね、
お見舞いとか、こなくて」

「別にいいわよ。
こられたってわかりゃしなかったんだから」

「うん……あの、おみやげもないんだ」

「別にいいわよ。
あんたに気つかわれるほどおちぶれてないもの」

「うん。そうだね」

「………それに、優男のとこに日参してたんでしょおー?」

「や、優男ってっ、」

「渚、カヲルだっけー?
キレーな顔してるじゃない。
ファーストより美形なんじゃない?
まあ、あたしにはかなわないけどね」

「ち、ちがっうよ、
そんなんじゃないよ!
カヲル君は、…あの、怪我、してるし…」

「あーらどうしたの?
顔真っ赤よ?暑いー?」

「ち、ちがうってば!!
じゃなくて、優男てなんだよっ!」

「あーもうっ、なにかばってんのよ気持悪いわね」

「かばってなんていないよ!」

「ああもう、あたしはいいからさっさと行きなさいよ」

「へ?」

「ファースト、意識がもどったみたいよ」

「綾波の?
でもミサトさん、そんなこと云ってなかったけど…」

「女の勘よ。
まだ面会できるかどうかわからないけどね、
ドッグあけ、先越されるかなー」

「そう、……そうなんだ。
よかった」

「…………そうね」

「え?」

「さっさと行けば?
あ、それよりも優男が先かしらー?」

「アスカっ!!」

「はいはいはい、うるさいわね。
今度来るときは雑誌の一冊でも持ってきなさいよね」

「…………え…」

「なによ、嫌だっての?」

「ち、ちがうよ!!
あの、でもよくわかんないや…
どんな雑誌がいいの?」

「………まだまだねえ、あんたって…」


■◆■


「レイ、気分はどう?」

「………少し眩暈が」

「大事を取った方がいいわね。
今日は寝ていて」

「……はい
赤木博士、」

「…なに?」

「とてもとてもながいゆめをみていた気が」

「………そう」

「ゆめ、
………あれが夢というもの?」

「……非覚醒のあいだにみる心内世界、
それをゆめとよぶのならそうかもしれないわ」

「…いままでみたことがなかったのに」

「いやな、ものだったかしら?」

「いいえ。
……ただとても広い場所のよう」

「……………」

「ひとも、じかんも、くうかんも、
夜中の井戸のように底がなくて」

「……………」

「あんなにたくさんのものに触れたのは、はじめて」

「………そう。
よかったわね」

「……セカンド・チルドレン、
意識が戻ったんでしょう?」

「え」

「…………いろいろなものが見えたの。
赤木博士も、葛城作戦部長も、碇指令も、
碇くんも、セカンド・チルドレンも、
………フィフス・チルドレン、あのひと」

「…………」

「ここにいるのね」

「…………」

「…………エヴァに…」

「…………」

「………ただもうだれのためでもなくわたしの守るものの為、
わたしがわたしでありつづけるために」

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当時のpostscript

タカノよりのコメント

今日という今日は、もう本当に駆逐されてしまった私…(*T▽T*)
この二人のイロッポさはどうでしょう!! シンジもカヲルも、なんて素晴らしいの〜〜!!
ひー、俺はもういつ筆を折ってもいい(<たいしたモノも書けんが(笑))っす、マヂで…(くらくらぁ〜〜ばったり)

在原先生、本当に本当にありがとうございます!!!o(>▽<)/~~

なお、在原先生のコメントは、連載終了時にお届けします〜(^^)/