Please, please, please, Don't let you go. 『 空 』

Written by 在原蝙蝠.



「使徒が、シンジ君を認識したそうじゃない?」

「ええ、まだ意識は不明確なようだけれど」

「……危険じゃないでしょうね」

「なにが?」

「ATフィールドよ。
その気になればシンジ君なんて…」

「……ミサト、硝子のコップを落とすとどうなるとおもう?」

「はあ?
割れるに決まってんじゃない」

「じゃあ、そのコップを元通りにするにはどうしたらいい?」

「んー、ボンドでくっつけるしかないんじゃない?」

「そうね。
じゃあそのコップにあなたは水を注げる?」

「まさか。
洩れるか割れるかするわよ」

「あの使徒はそう云う状態なのよ」

「…………手負いだってこと?」

「いいえ、
彼には本来生物が持ち得ることのない、
『 死 』の記憶があるのよ。
死を知る生者はいない。
死を盛ることのできる器なんて、
存在しえない。
…かれもいつ壊れるかわからないわ」

「………生者、ね」

「…………………」


■◆■


それが私の要なのよ。

私は選ばれたの。
特別なの。
エヴァに乗らないといけないの。
あたしにしか出来ないことなのよ。
みんながそう云って呉れるんだもの。

エヴァに乗れる私は特別だって。
エヴァに乗れる私が必要だって。

だから私はエヴァに乗るの。
乗らないとならないの。

みんなが私を認めてくれるわ。
私の存在を肯定してくれるの。
私がここにいるような気がするの。

もっともっと認めてもらいたいの。
もう二度と私がいないなんて思いたくないの。

だからどんな努力だって惜しまないわ。
だから見て、私をみて!


■◆■


それが私の要。

私はつくられたもの。
エヴァに乗るためにつくられたもの。

だからエヴァに乗らないとならない。
あのひとがそう云うの。

私にはエヴァが必要、
エヴァには私が必要?

だから私はエヴァにのる。
私にはほかに、なにもないから。

そうすればあのひとは私を見てくれる。
私には居場所ができる。
為ることがあるうちは、
私は用済みじゃない。

私はここにいるの。
ここに、いるの。


■◆■


カヲル君はまだ、眠っている時間のほうがずっと長い。
ぼくはそうっとベッドへ寄って、
規則正しい寝息に耳をすませる。

「カヲル君」

きこえはしないけれど、ぼくは話し掛ける。

「あいたかったんだ」

「…………」

「あいたかったんだ。
もういちど」

ぼくは胸元に手をかけて、
ちょっと迷ってから前をあけた。

「…………ずっと、…」

呟きながら身体に乗り上げ、一番やわらかな傷口に軽く歯を立てる。

「……」

すると、きみはかすかに身じろぎをする。
ぼくの歯の間では、きみの脈打つほそい血管、
それへ舌を這わせ吸い上げると、
咥えた辺りがさっと体温をあげた。

「あいたかったんだ。
……きみがだれでも、」

「………」

「……なんでも、」

「………」

彼は目を覚まさない。
ぼくは白い膚をなぞる早さをあげ、自分のシャツの前をあけた。

ぼくの体温を、きみの膚に移したい。
きみが居ないあいだのこと、
きみが居たあいだのことを、
どうしてきみに伝えたらいいだろう、
どうしてきみに伝えられるだろう?

「カヲル、くん…」

舌の先に、再生しきれない皮膚の、
くちびるよりもやわらかな感触がする。
それは、
決して味なんてするはずがないのだけれど、
ぼくはおいしいと感じた。

きみの命の継ぎ目、
こわれもののからだ、こわれもののたましい。
きみの、あじがする。

血の味でもない、肉の味でもない、
ぼくの顎をつたってきみの胸を濡らすぼくの唾液は甘い。

しばらく、濡れたおとをひとごとのようにきき、
ぼくは口をぬぐってきみを見詰める。

「もう一度あえると、思わなかった」

「………」

「云えると思わなかった。………すきだって」

「………」

「きみの目がぼくをみると思わなかった。もう一度」

「………」

「ぼくは一体、きみが何故再生されたのかを知らないし、
父さんがきみになにをさせようとしているのかわからないけれど」

「………」

「………きみのことはぼくが守るよ」

「………」

「…だれにも、なににも壊させやしないから」

「………」

「おやすみ。
明日はテストなんだ。……遅れるけれど、必ずくるよ。
ぼくの要、だから。
…………きみに、逢いに」


■◆■


これはなに?

紅いエヴァ。

私が乗っているエヴァ。
紅いプラグスーツを着て、私が乗っているエヴァ。

これに乗るとみんなが誉めてくれる。

それに、この中はとても気持がいいの。

「すごいじゃない、アスカ!
シンクロ率、八も上昇よ」

みんなが誉めてくれるの。
紅いエヴァの中の私を。

ここにいるわたしなら、みんなが価値を認めてくれるの。
エヴァに乗るわたしなら、みんなが必要としてくれるの。
ここが私の居場所なの。
だからこの中は気持がいいの。

私とエヴァはひとつなの。
私の居場所は、ここなの。

『 シンクロ率 0 』

嘘!嘘よ!!
なにかの間違いに決まってるわ!

「 弐号機をバックアップに 」

バックアップ?この私が?
いやよ!どうして?

あたしが要らなくなったの?
あたしはもう特別じゃないの?

エヴァに乗れないから?
あたしの居場所がないの?

「ここで下がるなら死んだほうがましよ!!」

いらないなんて云われるなら死んだほうがましよ!
捨てられるのはもういや、もういやなの!!


どこに、いればいいの?
私、……………どこにいるの。


■◆■


一週間くらいして、
彼は目にうつるものをものとして見分けられるようになった。
相変わらず、話すことはできなかったけれど、
ぼくは夢中になって彼に話しかけた。

どうということを話しかけるのじゃない。
尋ねたいことはたくさんあったのだけれど、
結局なにもきくことはできなかった。


でもただ沈黙がこわかった。


きみの喉を責めているようで、
でなければそれを忘れているようで、
ドアが閉じる音を待たずに話し出す。
空調の効いた部屋だというのに、へんに顔を紅潮させて。

……入ってゆくと、
かれはふっと微笑んで、手まねでこしかけるように促す。
ぼくはもごもごと口の中で語尾を弄んで、

「今日はくもりだったんだ」

とか

「発電所が復旧したって」

とか、今日も一日、
彼に話すためだけに地上やなにかから拾い出してきた出来事を、
再起動されたみたいに話し出す。

それは、ほかに為ることがないというのも理由のひとつだったけれど、
要もないのになぜ毎日くるのだろうだとか、
大したことも話せなくて退屈な相手だとか、
カレンダーもない部屋で、
昨日のぼくや明日のぼくを彼が覚えて呉れているだろうかとか、
いくつものがむしゃらな焦りのためにぼくは咳込みそうに早口になる。

握り締めた膝の上のこぶしをカンペみたいににらみつけ、
息をすっかりきらせるころには、
みじかいみじかい面会時間も終りに近づいていて、

「……そろそろ、時間、だね」

「………………」

云うと、かれは少しさびしそうに微笑う。
ぼくは慌てて声を高くして、

「明日……明日、くるから。
ええと、…MD……MD持ってきてもいいって云われたんだ。
だからなにか………カヲル君、なにが……と、ええと、
ぼくの、ぼくの好きなのを少し持ってくるよ。
ぼくの趣味だからあれだけど…あの、…………また…」

「……………」

やたらに手を振りまわして、結局ぼくは明るさも饒舌も振舞えない。

このドアを、
まるできみのようにやさしく出て行くには、
どうしたらよいのだろう?

「またね。……からだ、気を付けてね」

「………」

カヲル君は微笑んで頷く。
シーツのうえに重ねられたほそい手首をぼくはとり、

「カヲル君」

「………………」

「す、きだよ」

はじめてのように目をそらせながらちいさく呟く。
すると彼はもっとやさしく微笑んで、
ぼくの顔をじっとみつめる。

ぼくはどぎまぎとして後ずさり、
関節人形みたいな動きで部屋を出る。

………………ずっといわないとならないと思ってた。
きみが使徒でも。
ぼくが殺した相手でも。

………………ずっとそればかり考えていた。
もう後悔は真っ平だ。

だからせめて、
いつ誰に仕組まれてわかれるかもしれない時間の終りに、
毎日きみに伝えようと思ったんだ。

きみにもらって、
一番うれしかったものを、
きみにあげたい。

きみにあげられるものを、ぼくはほかに思いつく事ができなかった。

いったいいま、ひょっとして取り戻された生を悔いているかもしれない彼に、
どうしてこのきもちをつたえればよいのだろう?


■◆■


これはなに。

あおいエヴァ。

私が乗っているエヴァ。
白いプラグスーツを着て、私が乗っているエヴァ。

これに乗ると、あの人が誉めてくれる。

それに、この中はとても心地よい。

「レイ、あがっていいぞ」

あのひとが私を呼んでくれる。
あおいエヴァの中の私を。

ここに居れば、あのひとはわたしを認めてくれる。
エヴァに乗れば、あのひとはわたしを必要としてくれる。

ここがわたしの居場所。
ここは心地よい。
何故?
わたし以外の誰かを感じる。
あなた誰?
………身体がとけていく感じ。
わたしがわたしでなくなる感じ。

わたしの居場所は、ここ?

だから

『 構いません、行きます 』

左腕の復元がまだ?
それでも、
私にはほかになにもないもの。

ここで私がなにかをしなければ、
私の要る意味がわからない。

ここで私がなにかをしなければ、
ただなにも残さないまま私が消える。

私は要らなくなるの?
私にはもうなにも望まれていないの?

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当時のpostscript

タカノよりのコメント

タカノも大ファンな在原蝙蝠先生から、SSをかーなーりーゴーインに強奪してしまいました(笑)
しかも、ネタは「ダミーカヲルで記憶有り傷あり」!!!!
傷!!ああ!!!もう、オレってばこんなに妄想爆裂なSS読めていつ死んでもイイ…
ああ、本当に幸せな私〜〜〜〜〜〜〜(*T▽T*)
このSSのおかげで、このところの忙しさを堪えられたようなものですわ。
仕事中でも思わず思い出し笑いするオレは、かなりイっちゃってたと、自分でも思いましゅ〜(笑)。
在原先生、本当にありがとうございます!!!o(><)/~~

なお、在原先生のコメントは、連載終了時にお届けします〜(^^)/