18

「ごめんね…シンジ君。また、君を ―― 独りにする」
 カヲル君は、眠りにつく前に必ずそれを口にした。
「君に…側に居て欲しいのは、僕の、我がままだ……君は、ヒトなの…に、人の間から…遠ざけてしま…て…」
 シーツに落ちた指ももう動かない。それをそっと握って。
「何云ってるんだよ。そんなの、カヲル君が謝ることじゃないじゃないか。だって、もともと我がままを云ったのは僕なんだから」
 先週の初めに眠りの予兆を見せ始めたカヲル君は、三日前から身を起こしていられなくなった。そして今はもう寝返りも打てなくなっていて、こうして僕に話し掛けるのさえ、本当はとても無理しているはず。
「どうしても、僕は、君を失いたくなかった。世界は2番目。だからね、むしろ、謝るなら僕の方じゃない?」
 けれど、そんな僕の言葉に、彼は目線で、いいのだ、と。
「…君に、とって…我がままでも、ね ―― 僕は、嬉しかった…から ―― 」
 だからいいんだ、と、吐息で笑ってみせる。
 そんな唇の動きも、 ―― 瞬きさえ、ひどく緩慢になって。
 暦なんかみなくても、どれだけの時間が残っているのか、何日も前からとっくに判っていた。
 今日、12月22日の4時が冬至。
 天使が再び眠りにつく時間。
「 ―― そろそろ ―― 時…間、切れ、みたい…だ…」
 ベッドの端に腰掛けた僕が、白い頬をそっと撫でると、君はひどく幼気な笑みをかすかに浮かべ、僕がその唇に唇で触れると、それに誘われたように、深く ―― ひどく静かに、一つだけ、呼吸した。
 ああ、本当に、もう眠ってしまうんだね。
 本当は、とてもとても名残惜しいけれど、そんな顔を見せてはいけない。
 君はまた僕の隣へ還ってきてくれるのだから。
「また…ね、シン…く… ―― 」
 目蓋が降りきる前に告げられる約束。
「うん、またね、カヲル君」
 僕の返事は聞こえた?
 今はもう閉じた目蓋を縁取る睫が頬に薄く影を落としている。
 鳩羽色の前髪をかきあげて、白い額に唇を寄せた。
 君のいる夏と、君のいない冬。
 けれど僕は、一人で過ごす冬を厭いはしない。
 君を得た僕にとって、もう世界は無意味なんかじゃないのだから。
 また、夏至に逢おう。
 君が世界を支えている間、僕はずっと待っているから。




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