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 ―― かしゃん。
 カヲル君が、スープのスプーンを落とした時、僕は指先が震えるのを止めるために、思わず手を握った。その金属音は実際には小さなものだったけれど、僕らにとっては ―― あまりにも大きな意味を持つ音なのだ。
「…ごめん、落としちゃったね」
 落としたスプーンを見て一瞬眉を寄せたカヲル君が、すぐに、なんでもないように笑ってみせた。
「新しいのだすから、それは流しに置いておいてよ、後で一緒に洗うから。冷めないうちに先にご飯食べようよ」
 僕もまた、なんでもないように笑ってみせる。

 カヲル君は、めったなことではこういう失敗をしたりしない。
 めったに失敗をしない彼がそういう小さな失敗をしたということが、最初の気配となるものだった。
 暦は進んでいく一方で、決して戻ったりはしない。彼が目覚めたということは、毎日少しづつ、また眠りへと向っているということでもある。スプーンを落とすとか、鍵穴に鍵を上手く差し込めなくなるとか、そういった些細なことから、だんだんと進んでいく。
 12月に入る頃から始まったその「気配」は、冬至に向ってこれからどんどん強くなっていくのだ。




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