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黄昏に染められた部屋

互いに交わすべき言葉を持たなかったから。
それが理由といえば理由。
かなりもっともらしいそれは、ウソとはいえなくても、でも決して真実でもなかった。


衝動がはじけた理由をどうこう論議したって、今は何の足しにもならないんだってことくらい、互いにとっくに承知していた。
双方がしらばっくれあってたその衝動は、たわめられた分の反動で容赦なく弾けとび、振り切れたゲージを何事もなかったようにゼロにする術などどこにもなく。
激流に流される時の気分てこんな感じだろうかと、頭の片隅をちらりと過った。

明かりもつけずに昼間っから締め切った窓とカーテン、エコなんて知るもんかって勢いのエアコン、投げ出された鞄と脱ぎ散らかされた制服、やけに響く秒針の音。

シャワーの後、ベッドに座って「何でこんなことになったんだっけ」とぼんやりしていたら、バスルームから出て来た渚に上から覗き込まれた。
ぱた、と僕の腿に落ちる水滴。視界の端にうつる、バスルームからつづく水浸しの足跡。水滴が等閑に落ちて来て目線を上げると、薄暗がりの中で毛先にたまった幾つもの雫が鈍く光沢を放っていた。限界を超えた粒から僕の方へ落ちてくる。

「お前、まだ髪の毛、濡れてる」
「いいよ」

よくないだろ、と言おうと思ったら、後ろに向かって突き飛ばされた。狭いけれどスプリングが効いたマットに倒れ込んだら、のびて来た手が顔の横につかれた。その弾みでいくつもの雫が落ちてかかる。

「何でちゃんと頭を拭いてこないんだよ。シーツがぐしょぐしょじゃん」
「そんなのどうでもいい」
「後で乾かすの大変だろ」
「どうせすぐぐしゃぐしゃになるんだし、大して変わらないよ」
「だからって」
「あーもーうるさい」

本気でうざったそうに口を手で塞がれた。その仕草にむっと来て、白い手をはがすと、うるさいとはなんだ、と睨みつけた。でも。
今更止められないから今、こうなってるんじゃなかったっけ、と下腹部を押さえ込まれてしまうと、うっ、と言葉に詰まる。
往生際が悪いよ、と吐き捨てた唇が、そのまま降りてきて重なった。


その後は互いにろくに顔も見ないで探りあった。
あるのは息づかいと時々上がる声、と、微かな濡れた音。
自分では意識して触らないような場所に触れてくる指に息が上がる。入れ違いに相手の上げる普段とは明らかに違う声が耳朶を濡らして、無意識に同じように動いてた自分の手に気が付いて焦った。
しらばっくれてた自分を嫌というほど自覚させられてしまう。

欲情も衝動もどちらか片方だけの罪咎であるはずがない。

同じ性の、何処にも弛みのないはりつめた皮膚。
ふと、綾波の肌に触れたときのことが蘇る。まだ第三新東京市に来て間がない頃に、偶然が重なって起きた事故のような一瞬の接触。
白くて肌理の整った瑕ひとつない滑らかな肌は双子のように似ているのに、なだらかさや柔らかさがまるで違う。普段は水底に沈んだ人魚のように静謐なのに、偶然触れた彼女の乳房は弾力があって、熱かった。年頃の男子ならそれだけで意識してしまいそうに扇情的だった。
なのに、なぜ僕の衝動や体がこいつに反応してしまうんだろう。
柔らかでまろい白ではなく、硬質ではりつめた白。
肌の下に秘められている、発達を始めたしなやかな筋肉の感触。決してゴツゴツとしているわけじゃないけれど、包容力よりも瞬発力を感じさせるそれは、僕と同じく抱かれる性のためのものではないのに。

なぜ目が離せないのか。
なぜ触りたいと思うのか。
なぜ暴いてみたいと思うのか。

…その理由を知りたい。

互いの汗で滑る肌。体中の至る所で、低いところに向かって水滴が流れ移る感触がする。湿ったシーツが湿った肌に絡み付く感触は、汗でも水でも境界線を持たず。
ああ、確かに大して変わらないな。バカのくせに変なとこだけ的を射てる。
そんな、妙に冷静な感想が、1秒だけ浮かんだ。

「…集中してないね?」

首筋に抱きついた男としては細い腕が(人の事は言えないけど)、ぐいと頭を引き寄せて耳たぶを齧る。
…こいつ、動物か?
ほんの一瞬の意識の拡散を咎められ、驚くというより呆れた。ほんの一瞬しか意識してないものまで見通される、それは野良猫のような敏感さだ。普段、人の気持ちを汲み取ろうなどと考えた事もなさそうなのに、こいつでもこういう時は腹が立つんだろうか。
だとしたら、なんて勝手なんだ。
薄暗い部屋は、視界の端で、カーテンの隙間から差し込んだ黄昏の光がオレンジ色の帯を作っている。向かい合う顔は暗いけれど、それを形作るパーツは全て読み取れた。濃い柘榴色の底にある、黄昏最後の名残の光に似た何か。呼び覚まそうとする何か。

外れる、理性の箍。どちらか片方だけの罪咎でないのなら。

口の中で濡らした後にそろりと這わせた指が、本来こういうことのために使うはずではない器官を探り当てる。一瞬だけぴく、と揺らいだそこに、くぷりと先端を埋めた。いつも飄々とした渚が今どんな顔しているのか、挑むように顔を覗き込む。
驚いている?焦ってる?怒ってる?おびえてる?それとも呆れてる?
そんな予想は全て外れて、渚は薄く笑っていた。
「…なんだよ、僕が女役?…そんなの聞いてないけど」
「嫌ならやめる?」
「嫌とはいってない」
「もしかして怖い?」
「上手そうには見えないから。僕が先で、怪我するのはちょっとねぇ」
「怖い?」
「君こそ、余裕なさそうだけど?」
「したくない?」
「…バカじゃないの?」
今更なに?、と赤い目が眇められる。…可愛くない奴だな、お前。バカにバカって言われる筋合いなんかないぞ。
くち、と押し込んだ指に、互いに挑み合うように笑んでいた白い顔がかすかに歪む。
「…、…つめ、」
「つめ?」
「爪、伸びてる、だろ…」
「へぇ、そんなの判るんだ?」
「後…で、君にも、判る…よ」
「機会があったらね」
「な…だよ、それっ…君って、案外と…独裁的…っ」
独裁的と来たか。バカのくせに。
「される度胸、ないなら…ないって、いえば…っ?」
「誰がだよ」
「きみ、が」
「そんなこと、いってないけど?」
ぐり、と強めに中で曲げると、減らない口が短く息を吐く。
「中…ひっかき傷、とか、遠慮したい…ん、だけ、ど」
言われなくても、それくらいは気を使うつもりだった。
指を深く沈めるのに応じてゆるゆると詰まって行く息。細い腿が時々びくっと跳ねて、何か、少し固いような…たぶん、快感を生み出す何か、をかすめたことが判る。
「…っは、…、…ぁっ、…、…、…、」
短く詰まる息、上気しだす頬、揺れる膝。

何故。

女の子じゃない。
柔らかくない。
きっと、優しくもない。

それなのに。
うすあかく染まって行く白い体に向かって突き進もうとする、自分の下肢に疼く熱の固まりを感じる。目の前の白い体に飲み込ませて、隠された一番奥まで覗いてみたい衝動。
自分でも判らない、何故、こんな不自然な衝動が互いの中で引き合うのか。

なぜ突き詰めてみたいと思うのか。
なぜ壊してしまいたいと思うのか。
なぜ閉じ込めてしまいたいと思うのか。

(なぜ突き詰めてみたいと思うのか。)
(なぜ壊されてしまいたいと思うのか。)
(なぜ閉じ込められてしまいたいと思うのか。)

「…なぎさ、」

吐いた息は、名前だけを形にして。
僕らはまだ、語り合うべきその先の言葉を持たない。


互いから何かを探り出すまで。
互いに何かを埋め込むまで。



振り切れたゲージが示す臨界点に辿り着くまで。


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postscript

えー、ひさびさすぎる更新ですいません。
「序」みたせいで、なにげにシンカヲ熱がキてますw
シンちゃん、男の子だったよねー!!
こんくらいやってくれそうって思っちゃったでスよ!
でもそれで、何故これが貞バージョンになったかは、私にも謎ですが…w