銀兎文庫::brave
最初はいったい何のことかと思った。
金曜の夜、携帯にかかった電話をとった途端、『もしもし、美鶴!?────ゴメン!!』と大声で謝られたから、だ。
相変わらず脈絡がありそうでなさ気なそれは、亘からのものだった。
『バイトが入っちゃって、23日ダメになっちゃったんだ』
今年のクリスマスは曜日の巡りが悪く、23日が祝日でも、イブの24日が木曜でクリスマス当日の25日も金曜と、やっと土曜が来てもクリスマスは終わってしまっているという、完全な平日仕様だった。
とはいえ、なにかとイベント事の好きな亘は、10月の初め頃からそのことをチラチラと話題にしてて、日が近付くにつれて、雪が降るといいねだとか僕がケーキを焼くからねだとか、遠足の前の子供かよ!ってくらいの盛り上がりっぷりだったのだ。
普段の土日もお互いにバイトしてる俺たちにとって、双方が丸ごと1日の休みというのは意識的に作らないとできない。秋からこっちは互いの都合が延々と合わなくて、約束も何度か流れてたから、先月の末ごろからは直球で23日は丸々1日空けておいてねと言われてた。だから俺はその日はバイト先のチーフに頼み込んでシフトを外してもらったんだけれど。
「バイトならしょうがないだろ、気にすんなよ」
『あ、うん、ゴメン』
「別に謝らなくていいから」
『ゴメ…あ、や、その…』
受話器の向こうで亘の、ううう、と煮詰まったような声がした。歯切れが悪い。俺が亘に言われて23日にシフトを空けたことを知ってるから気にしてるのだろうか。コイツの性格ならまさにありそうな話だ。
「まぁ、そういうことなら、夜に飯でも食うか?」
しようがないことで気にされすぎるのも何なので、実現可能そうな代替案を出してみたのだが。
『や、その…あの…』
「なに」
『…え、その…』
「…なんだよ気持ち悪い」
ごにょごにょと口ごもる亘というのは、俺だけじゃなく世界中の誰にとってもこれ以上ないくらいに判りやすいサインだろう。これで話が終わったわけじゃない、という。
『いや、そのさ…』
「いいから、さらっと話せよ」
『だから、そのぉ…』
しかし、俺が話せと言ってもなおも口ごもる亘に、もともと気が短い俺は軽くイラッとする。本人が眼の前にいたらきっと今頃は一発殴ってただろう。しかし残念なことに今は握った拳の届くところにいないので、
「…亘。俺は、うじうじした奴は嫌いだ」
声のトーンだけが1オクターブ低くなった。
『は、はいっ。言う、言います。実は…』
話を聞いていて判ったのは、亘は23日の祝日は丸1日、24日と25日の授業が終わった後も、ピザの配達のアルバイトをするということで。要するに、亘本人のほうが何倍も楽しみにしていたらしいクリスマスに、自分の都合で俺と会うという約束が果たせなくなった、ということだった。いつもよりごにょごにょ言うのが長かったから、吐かす前に大体の予想はついてたけど。
『…ほんとにごめんね、美鶴。ちょっと、予定外のことにお金が要ってさ…』
まるで尾っぽをしゅんと垂れた犬のような口ぶりには、怒るよりもむしろ脱力する。
「だから別に、気にしてないって。金がいるなら仕方ないだろ。第一、クリスマスにバイトする方が時給いいんだし?」
俺も両親がいないが、亘も母子家庭だ。貧しいってほどではないにしても、普通の家庭のように余裕があるわけじゃない。ぶっちゃけた話、俺たちにとって金銭の問題は避けて通れないことで、そのことについては今まで通りお互い様というか、むしろ今更すぎるくらいに今更な話だ。
『美鶴ってば、そういうのはよく判るよねぇ』
あはは、と気が抜けたような笑いが受話器を小さく振るわせる。何言ってんだか。ピザの宅配は亘が普段してるバイトとは違うし、世間が遊びたいときほど人集めは難しいことを考えれば、そんなことは誰でもわかるだろうに。そう思ったまま単純にそんな考えを口にすれば、受話器の向こうの亘は、あぁー…と変に微妙な受け方をした。
『でもね、今年は凄い不況だから、ピザ屋の宅配バイトでも結構取り合いだったんだよ?』
…そうなのか。この時期の配達とかは学生向けのバイトなんじゃないの?と、再び疑問をそのまま口にすれば、ほら、派遣の人が仕事切られたりしてるでしょ、大人は生活かかってるから大変だよねぇと心底気遣うような声音で返事がくる。生活がかかってるっていうなら俺達だって似たようなものなのに、まったく、お人好しは相変わらずだな。もっとも、亘から“お人好し”を取ったら、180度くらい人格変わっても不思議じゃないけど。
『そんでね、サンタの衣装着て配達すると時給80円アップなんだ』
ぷ、と思わず噴出した俺に、受話器の向こうで亘が『あっ、いま変な想像したでしょ!』と拗ねたような声を上げる。
変な想像っていうより、純粋に似合うだろ。似合いすぎて可笑しいくらいに。
くっくっと喉の奥でくすぶる笑いを宥めながら、受話器の向こうでぶーぶーと拗ねる亘に、悪い悪いと自分でも謝ってるんだかどうかはっきりしない言葉を投げる。案の定、謝ってるように聞こえない!と入るツッコミは、なぁ亘、と俺から呼びかけることで封じた。
「もしかして、ひげもつけんのかよ」
『つけるけど…配達用のバイク乗ってるときは外しておいてくださいって言われた』
なんでかっていうとね、衣装も被り物も予算ぎりぎりで予備がないから、配達中につけひげが風で飛ばされたら困るからだってさとのたまう亘に、俺はまたもやそのシーンをしっかり想像してしまって、今度こそ携帯を握りしめて爆笑してしまった。
『ね、美鶴』
「ん?」
『ごめんね、せっかくお休み合わせたのに、一緒にいられなくて。ちゃんと埋め合わせするからね』
やっぱりまだ気にしてたか。この土日もお互いに都合が合わなくて、予告が面白そうで観にいこうかと話してた映画が明後日で終わってしまうとか、他にも色々とタイミングが悪いせいもあるんだろうけど。
俺自身が気にしてないって言ってるのに、何でお前が信じないんだ?と軽口で返せば、受話器の向こうで亘がう、と返事に詰まる。
「お前も、俺のことは気にしなくていいから、バイトがんばれよ」
軽い調子で元気付けるつもりだったのに。
『…むしろちょっとは気にして欲しいんだけど』
急にトーンを下げた亘の声に、爆笑した後もなかなか笑いが収まりきらなかった俺は、とっさに息をつめた。
反射的に詰めた息の音は、たぶん、近頃の無駄に性能がいい携帯電話の受話器が拾って亘の耳に届いてしまっただろう。
(くそ、コイツ、最近こういう妙な駆け引き覚えやがって…)
受話器を通して耳に滑り込んだそれは、いつもののほほんとしたものとはまるで違う声色で、どこか押し込めたような響きを持った、独特のもの。それも、人には言えないようなことをしたりされたりしてる時にしか聞けないような、色を含んだようなものだった。
わざとなのか無意識なのか、どっちなんだかよく判らないが、近頃こんな風に不意に俺を焦らせることが増えてきたような気がする。
「べ、別に、仕方ないことだろ、そんなの」
れっきとした事情があるんだし、学校では顔を会わせるんだからなんてことないことだろと繕おうとした俺に、亘はなおもその声で言い募る。
『だって僕は、』
もう黙れってば、バカわたる。
『丸ごと1日中、美鶴を独り占めできるって思ってたんだもん』
うるさい。
(亘のくせに、生意気だぞ…)
──どきどきと、心臓がうるさい。
†††††
23日当日は、(亘が願ったように)クリスマスらしく小雪がちらつく寒い日になった。
『23日は僕が予約したからね』と言ってた亘と会うくらいしか予定がなかった俺は、叔母の家でアヤと叔母の3人で鍋を囲むことになった。
結局空いた時間はすることがないので昼間はバイトに入り、その休憩中に、手違いで余った一番小さいホールケーキを分けてもらえることになった旨を叔母にメールした。移動の途中で返信メールで頼まれてたポン酢とごまだれを買い、雪雲のせいでいつもより早くに暗くなった夕闇の中を、妹と暮らす叔母の家に向かった。
包丁がダメなせいで足りない材料の買出しくらいしか手伝えることがなかった俺は、持ってきたものを叔母に渡してしまうとろくに役に立たない。特に最近はアヤが料理に興味を示しているから、出来上がるまでは大人しく待つことになる。
くつくつと音が立ち始めた鍋の出汁の温まり具合をみながら「美鶴ったら、折角のクリスマスに会う恋人はいないの?」と笑う叔母に、「叔母さんこそ、なんで今日みたいな日に家族鍋なのさ」といえば、ふぅ、と意味ありげにため息をついて、見る眼のある男がいないのよねぇと冗談っぽくぼやかれた。湯気のあたたかさ以上の心の温かさに、つい「選びすぎなんじゃないの?」なんて軽口も出る。
身内の欲目抜きでも、叔母は相当の美人だと思う。性格だってしっかりしてて面倒見がいい。口ではあんなことを言っているが、明日にだって結婚してもおかしくない年齢だし、本当は誘いだって多いだろう。
高校入学を期に家を出た俺はともかく、アヤはまだ小学生だから一人で残して外出するわけにいかないのだろうが、休日だからといって俺にアヤの面倒をいいつけて自分だけ好き勝手に遊びに出るようなこともしない。だからといって、自分を犠牲にして俺やアヤを育ててるんだというような押し付けがましい態度でもない。
叔母にだって自分の時間は必要だし、外せない用事があるときは事前に連絡をくれる。そういったこと全てが叔母の中で落としどころがちゃんとできているといった安定した空気なので、俺も心から安堵していた。
幻界に行く前の俺と叔母の関係には、事件が原因で痛いほどの緊張感が絶えずつきまとっていたが、亘の願いによって俺が現世に戻ってからは、アヤという存在がそれら全てを変えていた。姪であるアヤを実の妹のように可愛がってくれている。
俺はそのことにも心から感謝し、そして同時に、幸せになって欲しいのはアヤだけでなく、この叔母にも同じ思いだった。
「それより美鶴、相変わらず細いんだから。普段ちゃんと食べてるの?今日は美鶴の好きな鶏団子鍋にしたから、いっぱい食べてね?」
俺に対しても、叔母というより姉か母のような気遣いを見せる彼女に、面映いような気持ちがわく。選びすぎというのはもちろん冗談だ。この叔母につりあう中身を持った男──ひいては、叔母をきちんと幸せにできるだけの器量の男なんてそうそういないのだということははっきりしていた。
キッチンから戻ってきたアヤは鶏団子用のミンチが入ったボウルと、味付け用のポン酢とごまだれの入った取り皿をお盆に乗せていた。
「お兄ちゃん、今日のお団子ね、叔母さんに教えてもらったアヤの自信作なの!」
年の離れた愛しい妹の言葉に、それは楽しみだなと笑いかけながら、アヤや叔母が付き合うのが生半可な相手なら、絶対に反対するだろう自分を自覚する。二人には幸せになる権利がある。いや、幸せになって当然なんだ。
別に、結婚だけが人生の幸せだとは思わないけれど、そうしたいと思えるほどの人と出会って欲しいとは思う。裕福じゃなくても見目がよくなくてもいい。年が上でも下でもかまわない。問題は中身だ。誠実で優しく、二人の信頼を絶対に裏切らない、そんな人間が現れて欲しい。
そんなことを考えていると、いつの間にか叔母とアヤがテーブルについていた。渡されたのは、シャンパン風味の炭酸飲料の入ったグラス。湯気の立つ鍋ごしにグラスをあわせると、叔母と妹の「メリー・クリスマス!」と少しはしゃいだ笑い声に重なって、涼しげなガラスの触れ合う音がした。ミニコンポにセットされた今日のためにレンタルしたらしいCDが“I Saw Mommy Kissing Santa Claus”と、街角でもよく耳にする曲を響かせてクリスマス気分を後押ししている。
幸せで、楽しくて。
なのに気持ちの中の奥深いところで──今は寒い中をサンタの格好で原付で走り回ってるだろう亘のことを思った。
昔は、バイトがあるとかアヤの面倒をみるとかで、亘との約束を守れないことは、俺のほうが何倍も多かった。両親がいない俺たちを引き取ってくれた叔母もまだ年若く高給取りというわけでもなかったし、親戚がよこす養育費は雀の涙程度だったはずで、叔母は積極的に休日も仕事をし、一時は夜にも働きに出ていたのだ。
お金の件は、俺が高校入学時に授業料の免除を受けることができたことと、奨学金を受けて家を出ることで少しは緩和されただろうけれど、叔母が俺とアヤに強く大学への進学を勧めている以上、ダラダラと残されているものを宛てにできるような身分じゃない。そのへんはアヤもしっかりしていて、俺と同じ高校の学費免除の特待生枠を目指して勉強していた。
亘には離婚した父親からの援助があるとは聞いていたが、父親の新しい家庭にも子供が生まれていると本人から聞いて知っていた。俺の記憶に間違いがなければ、その半分だけ血がつながった亘の弟だか妹だかは(そういや性別は聞いてない)そろそろ保育園の年長組で、ちょうど物心がつく頃だ。学費やなんやと物入りになってくる時期でもある。
(もしかして、父親の援助が滞りがちなんだろうか)
急に予定外の金が入用になったという亘の言葉から最初に思い浮かんだのはそのことだった。
なぜなら、離婚した母子家庭で一番問題になっているのが、別れた夫が養育費をきちんと払い続けることが少ないせいだと報道番組などで聞いたことがあるからだ。
俺たちの間では金銭問題はむしろ常々話題に上ることで、互いに将来に備えるために色々な制度について情報交換することから、割のいいバイトがあるというようなことまで、内容は多岐に渡る。相手があえて言わないことを追求することこそほとんどなかったが(何事にも例外はつきものだ)、そこにタブーはなかった。
亘のところの小母さんも今では看護師免許もとって、キャリアウーマンとして働いてる。けれど、看護師の経験は同年代の同僚より少ない。亘が中学に上がって以降は夜勤も含めてフルタイムで働いているとはいえ、それで親子二人の生活と亘の学費をまかなうのはやはりきついんじゃないだろうか。
でも亘の父親は、これまでしっかりと決められた額を振り込んでいたはずだ。少なくとも、これまでにそういった悩みを亘から聞いた覚えはない。
だとしたらなんなのだろう、と最初の疑問に立ち返ったとき、ぼんやりと曖昧ながら、ヒントのようなものに思い至った。
『美鶴がアヤちゃんのこと、とってもとっても大事にするの、僕もやっと本当にわかった気がする』
一人っ子のはずの亘がそう呟いたのは、確か中学にあがった年のことだった。
弟や妹っていうのは、時には生意気で頭に来る事はあっても、結局は守ってやりたくなる存在だという。一般論でもよく言われることだが、普段は邪険にしてても、誰かに苛められたら黙ってられないとか、そういうやつだ。
俺にはアヤに頭に来ることなんてなかったけれど、守りたくなるというのならまさにそのとおりだった。
亘いわく、美鶴の妹ならもう僕の妹ってことだよとか、若干意味深長なことを言ったりするのだが、それはそれとして、根が優しくて誠実な亘は、昔からアヤのこともよく気にかけてくれていて、俺にとってもアヤに関わることを頼める数少ない一人だ。アヤも亘には人一倍なついている。
そして、戸籍上の一人っ子である亘は。
彼が帰る家とは違う場所に、きょうだいがいる。
亘はこれまでにも何度かその子に会ったことがあるはずだった。まだまだ複雑な思いがあるのか、俺にもその時のことはあまり多くは語らないけれど、親父さんとだけ会った時と比べて翌日の空気に如実に違いがあるから判るような気がする。…っていうか、判る。いくら俺が人の心の機微に鈍くても、伊達にアイツと長い付き合いをしてるわけじゃない。
そして最近そういった空気を出していたのは──あれは、12月に入ってすぐの週末が開けた月曜日だった。
きっと、亘は前の日に、年の離れたそのきょうだいに会ったんだ。
あの、馬鹿がつくほどお人好しの亘なら、小母さんと自分を捨てた親父さんはともかく、半分とはいえ血がつながったきょうだいを存在しなかったように扱うなど、想像できない。
あの時、幻界で、女神でも救いようがないほど間違った道を突き進んで自滅した俺の心を救い上げたのは亘だった。
そんな亘なら、たぶん…。
†††††
夕食後、久しぶりに泊まってとねだるアヤと叔母に、図書委員の当番で朝が早いからと告げて一人暮らしの部屋に戻った。
丸1日空けていた部屋は寒く、灯りを点けるとエアコンをつけて風呂の用意をする。風呂の用意といってもスイッチを押すだけなので、湯が満ちるまでの間がやたらと手持ち無沙汰で、念のために携帯のメールをチェックしてみた。そこには何も入っていなかったけれど、アヤと叔母さんにご馳走へのお礼メールをすると、ほんの少し一息つけて、小さなキッチンで沸かしたお湯で、以前叔母にもらった紅茶を淹れた。
エアコンの送風の音と壁にかかっている時計のかすかな運針の音だけが響く。
本当は明日の朝に用事なんてなかった。ただ、もやもやとしてどこか落ち着かない気分が消えなくて、一人になりたかったせいだ。大切で優しい人たちの間にいるのに、どうしてそんな気分になるのか、自分でもよく判らなくて──もやもやする。どうかしてる。
徐々に室温が上がり、もうそろそろ風呂も入ろうかという時。
玄関でチャイムが鳴った。
反射的にちらりと時計を見ると、10時を少し過ぎている。普通は人が尋ねてくるような時間じゃないし、勧誘にしてもおかしな時間だ。このアパートは学生向けで俺以外は大学生ばかりだから、高校生の俺とは接点がない。
なのに俺は、何かに引っ張られるようにインターホンを素通りして玄関に立ち、レンズから外を見もせずに扉を開けていた。
「…メリークリスマス、美鶴」
そこにいたのは亘だった。
まさか部屋にいるとは思わなかった、といって、亘が白い息と一緒に笑った。ダメモトのつもりで寄ってみたという亘の髪や服には小さな雪の粒がまだいくつもついていて、その量からすると、雪は俺が帰ってきた時より強くなっているようだ。
よく見ると、亘はバイト先のサンタの服を着たまま上からダウンジャケットを重ね着している。その衣装も薄っぺらそうで、その下に何か着ているのでもなければ、とてもじゃないが原付での配達に耐えうるような代物とは思えない。
亘の髪やマフラーについた雪を払いながら「このサンタは、まだプレゼント配ってる途中じゃないのかよ?」と聞くと、「今日の分は終わった」という。
「じゃ、なんでサンタの服のまんまなんだ?」
やんわりと上着を引っ張って玄関の中に引き入れながら問うと、
「サンタだって、頑張ったご褒美が欲しいんです」
とか、もぞもぞと靴を脱ぎながら答えになってるんだかどうだかわからない台詞が返された。
「ご褒美ねぇ…」
薄暗い廊下で男二人でなにやってんだか。玄関脇の洗面所の方から、ピピ・ピピ、と風呂の湯がたまった合図の音がする。ここにきて、ずれまくってたタイミングが噛み合ったらしい。手袋を外したひんやりした手が俺の頬に添えられた。普段体温の高い亘の手がこんなに冷えるなんて、相当長いこと雪の中を走り回っていたんだろうな。
「風邪引かないように、あったかい風呂とか?」
その上から自分の手を重ねると、俺を見つめる亘の眼が笑みを含んでゆるく細められる。それは、俺が好きな表情だった。
「希望だしていい?」
「まぁ、言うだけ言ってみれば?」
腰に回って抱きしめてくる腕に、壁にゆるく押し付けられた。
「…美鶴がいい、です」
ごめん、もう僕ガマン限界なんだ、とひんやりした唇が、頬やまぶたに繰り返し落ちてくる。もやもやしていた気分はいつの間にか解けていた。亘は埋め合わせにきたつもりなのではないだろうけれど、それでも俺にすれば、もう十分に埋め合わせてもらっていた。
...I Saw Mommy Kissing Santa Claus...
頭の中に小さく響いた有名なフレーズに誘われるように、俺もサンタにキスをして。
そして、何重にも着込んでいるであろう重装備をはがしにかかった。
もしも俺にも、一生分の幸運と引き換えに、なにか一つ贈り物が得られるのだとして。
本当の姿は臆病で往生際の悪い俺は、いつもどこかで計算するクセが抜けないから、アヤの幸せだとか叔母さんの幸せだとか、亘の幸せとか、もしかしたらまだ見たことのない亘のきょうだいの幸せとか、亘の小母さんの幸せとか、そういうことを願うだろう。もちろん、それだって嘘じゃない。皆に幸せになって欲しい。罪を犯した俺にも万が一その機会を与えられるのだとしても、それは誰より一番最後でいい。
でも、きっと、いざそのときに心の底の底で浅ましい俺が計算抜きで望むのは──こんな俺を望んでくれる救い難いくらいにお人好しの、この亘なんだと思った。
you wish ? -- ...retuern brave
他に書き途中のが色々あるくせに、クリスマスを1ヶ月近くも外した今になって、こんな時節ネタで更新する私ってやっぱバカでしょうか。
でも最近ブレで更新できてなかったし、今年の12月まで置いときたくなかったんだももももーん。
旧正月とかあるし、旧クリスマスとかで読み流してもらいたい心意気。
(日付はわざと1日ずらしてます)
いやね、去年のクリスマスの23日に某しろさんちでお鍋してね、その買出しの時に見かけたピザ屋のにーちゃんが、時節柄とはいえサンタのカッコをしてたのもいけなかったw
なんか亘がやりそうなバイトだなぁって思ってwktkしちゃってw
でも亘さんならトナカイのカッコも可愛いと思う!(褒め言葉!)
なんかオチが通じてない気がしないでもないけど、ひとまず投げてみる。
ふと思いついたネタなのでシリーズものとかじゃないんだけど、もしかしたら2008年7月のブレストオンリーで作ったコピ本の「青嵐」とキャラが近いかもしれない?
それにしても、次はもうちょっと季節にあう話で更新したいものでつ。
雪の結晶の写真はSnowCrystals.com様から。
ふつくしい結晶写真がてんこもりで眼が幸せでしたことよ!
ginto-bunko